PR
Search
Calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>
Recommend
New Entries
Recent Comment
Recent Trackback
Category
Archives
Profile
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    posted by: スポンサードリンク | - | | - | - | - |
    平成の零戦
    0
       零戦

      靖国神社遊就館に展示されている旧日本海軍戦闘機零戦52型です。

      初めて実物を目の前にして意外とコンパクトな飛行機というのが
      第一印象です。
      そしてスタイルの美しさ!
      まったく無駄のないスタイル。
      今から見たら完全に性能は時代遅れですがデザインは今でも通用するのでは?
      と思います。
      零戦を開発した堀越二郎氏含め設計陣の先見性にただただ驚きです。
      当時の零戦は太平洋戦争前半は太平洋ところ狭しとばかりに暴れまくりました。
      当時の敵国アメリカは零戦と1対1で戦うな!と警告を出したほど。
      それほど優秀な戦闘機でした。
      太平洋戦争の敗戦の原因はいろんな本にいろんな諸説が書かれてます。
      私は日本が敗れた最大の原因は昭和17年6月の日本軍のアリューシャン作戦で
      空母搭載機の零戦がアリューシャン列島の島に不時着しました。
      後日アメリカが殆ど無傷の零戦を発見!
      回収・本国に秘密裏に運びアメリカから見たら悪魔のような存在の零戦の秘密を
      探しだし昭和18年以降零戦は不利に陥りました。

      現在、日本の戦闘機はすべてアメリカ産です。
      一時期、純国産戦闘機が開発・デビューしました。
      航空自衛隊F1支援戦闘機です。
      戦後の長いブランクを超えて戦闘機を作りました。
      軍事常識からして長いブランクがあればろくな飛行機など出来やしない・・・
      各国ともそう思ってました。
      しかし・・・
      デビューしたF1戦闘機を見て一番驚いた国はアメリカ!
      「零戦の再来だ」と。
      悪夢が蘇りました。

      その後、政治的圧力でしょう。
      後継機のF2戦闘機はアメリカとの共同開発。
      出来上がった飛行機はアメリカ海軍F16戦闘機のコピー版。
      せっかくの日本の航空機技術の新芽を奪い取りました。

      このままアメリカ産の戦闘機を高価な値段で購入そして最高機密でもあるコンピュータ
      関係の一部はブラックボックス化にしてます。
      これでは日本の航空技術の発展はありません。
      次期後継機F3戦闘機?はすでに開発されていると思いますが是非純国産戦闘機
      であることを望みます!

                     まさやん
      posted by: まさやん&花 | 提案 | 18:10 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
      スポンサーサイト
      0
        posted by: スポンサードリンク | - | 18:10 | - | - | - |
        まさやん くわしいな〜
        おぬし 実は 戦争に行ってるな?
        わっはっはっは〜

        映画の予告で 「風立ちぬ」観ました
        映画本編も 観たいなって 思いましたよ
        そして ユーミンの曲もいい!
        | おっちゃん | 2013/07/06 12:02 AM |
        おっちゃんへ

        ハハハ

        実は戦前生まれなもんで・・・
        なわけがない!

        「風立ちぬ」
        私も見に行きたい映画です。

        多分映画で放映されると思うんですが主人公の堀越二郎氏が零戦の後継機として烈風という飛行機を昭和17年に開発を始めました。
        そこへ現場もわからず軍部のお偉方がエンジンの相性もわからず口出し!
        紫電改の誉エンジン(2000馬力)を烈風に載せるよう命令。
        堀越氏は反対したのですが軍部の命令には逆らえず昭和19年に完成。
        しかし機体とエンジンのマッチングが悪く使い物にならない。
        軍部は慌てて堀越氏の勧めるエンジンを載せ替えるよう命令。
        時すでに遅し。
        昭和19年といったら日本は負け戦の連続。
        開発も思うように行かなくなり昭和20年8月、かろうじて2機の試作機が出来ただけです。
        もし最初から堀越氏お勧めのエンジン搭載の烈風が昭和19年までに前線に配備されていたらいたずらに若者達の命を奪うこともなかっただろうと思っています。
        いつの時代も現場のこともわからず、無知な命令・指示を出す上司が多いですよね。
        私がいる会社にも沢山います^^:
        | まさやん | 2013/07/07 12:37 PM |









        この記事のトラックバックURL
        http://masayanhana.jugem.jp/trackback/209
        トラックバック